研究所


ENGINEERS誌2001年12月号

「21世紀の製品安全とPLPを考える」シリーズ

21世紀の製品安全とPLPを考えるリーズ最終回(53、54回)
−座談会「本シリーズを終了するにあたって」− 

中村和雄 プロセイフ研究所 代表
中丸 進 (株)リコー CSM本部兼社会環境本部審議役
中澤 滋 ASP研究所 所長
北川俊光 九州大学 大学院法学院教授  
      


[はじめに]
 このシリーズは日頃、それぞれの専門分野の立場で製品安全について意見交換をしている上記4名の執筆者の話合いによってENGINEERS<誌>の1997年7月号から始まっています。初回から執筆者が交互に、それぞれの立場から製品安全への意見・見解を述べてきましたが、本年の12月号をもってこのシリーズを終えることになり、この最終回(53、54回)は、北川が作成した全体構成をベースに、執筆者全員による座談会形式でまとめました。本シリーズの読者皆様と長年の掲載をしていただいた(財)日本科学技術連盟にお礼申し上げますと共に、これからも執筆者全員とも製品安全への取り組みを行っていきますので宜しくお願いいたします。

[執筆者それぞれの主張]
 それでは、まず4名の執筆者にそれぞれこれまでのシリーズにおいて取り上げてきたテーマ、そのねらいなどについて述べていただきます。

中村:私は長年、いわゆる多国籍企業の日本における子会社で製品安全業務を担当した後、現在は製品安全コンサルタントとして色々な企業の製品安全業務推進や製品安全担当者育成のお手伝いをしています。ねらいとしては、そこで感じた日本企業の製品安全(これからはPSといいます)業務の弱点を少しでも解消し、国際市場の製品安全レベルに耐えられる製品を生み出すために必要な改善点や国際情報の一端を提供しようと思って執筆してきました。特にPSマネジメントのあり方とPS関連のIEC/ISO STANDARDS(標準基準)を使う上での要点などを取り上げるようにしてきました。

中澤:私の場合、企業と消費者の関わりの中から製品安全を考えていく、ということでこのシリーズを始めました。動機として製品安全が求める「消費者へのリスク低減」が、企業の都合で大きく振れている、という不信感もあったのですが…。当初は製品とユーザーの橋渡しである取扱説明書の品質について取り上げましたが、シリーズを進めてきて思い始めたのは、消費者のニーズ・行動を的確に把握できない(顧客の抱えるリスクが分からない)という企業の顧客満足の活動に対する疑問でした。そこで顧客のリスクを把握するための評価技法・技術的な問題よりも、顧客本意であるべき企業ポリシーと組織の問題を考えるようになりました。その後多くの大企業による不祥事が次々と露呈されるにおよび、社会・市場から利益を得て活動する企業の責任へと考えが進み、「企業の社会的存在意義」に焦点を当てることになりました。

中丸:私の場合、製品安全と環境安全に長い間係わってきた関係から、従来の製品安全を考える場合の時間と空間の軸を広げて見ることに注力してきました。製品に使用する物質の安全性は、環境問題と密接ですし、資源の有効利用の面から、従来の設計思想とは異なる視点が求められ、それが製品安全にどのように影響するか見る必要があるからです。製品安全と環境安全は共通する部分が多い反面、トレードオフの関係になるところもあります。例えば、火災安全のために採用されるプラスチックのハロゲン系難燃剤が、燃焼時にダイオキシンの発生に結びつくといった問題です。また、製品に起因する省資源、汚染防止など環境問題への解決のためには、上流での製品設計が深く関与します。これまで使い捨てにして来た使用済製品の廃棄・リサイクル・リユース問題の解決や、資源・エネルギーの使用を根本から節減するリデュースのためには、従来以上に使用材料の選定や設計に配慮する必要があるからです。また、こうした分野の国内外の新たな法規制や標準化の問題にも触れてきました。

北川:そうですね。私は技術屋ではなく法律を専門にしておりますが、もともとは企業の法務屋として欧米の製造物責任の法理論の理解や製造物責任訴訟への防御活動に長く関わってきました。それだけに、製造物責任法や関連の判例を中心としながら、企業責任の軽減・回避を中心としての企業責任への取り組みに重点を置くというよりは、むしろ製造物責任の法理論を企業が取り組むべき製品安全のための努力に生かすためにはどうすればよいか、という課題に焦点を当ててきたといえるのでしょう。なお、この課題とは、製造物責任法理の下における企業の製品安全活動への支援といえるのでしょうね。


[読者の反応などはいかがですか?]

中村:読者から直接私のところにいただいたものはありませんでした。ただ、企業でのPSセミナーやPSコンサルテイションでは「読んでいますよ」というお声がよくありました。また私の方から読んで頂くようお願いしたり、企業内PSセミナーで使う補完資料にしたりしています。これは私の部分だけでなく、今ここにおられる執筆者皆さんの部分も同時に参照していただくようお勧めしています。このようなことは今後も続けたいと思います。

中丸:経営のリスクマネジメントの観点から、製品安全、PL問題は、環境問題につながっているとの認識は、徐々に広がりつつあることを感じております。記事に対して直接問い合せ等のコンタクトがあったのはそれほど多くはありませんが、PRTR(Pollutant Release and Transfer Register:環境汚染物質排出・移動登録:事業者等の報告に基づき、化学物質の大気、水質、土壌への排出量または廃棄物としての移動量のデータを行政が収集し、目録等の形に整理し、公表する制度)など化学物質汚染問題や、環境配慮設計(DFE: Design for Environment)、海外法規に関連する追加情報の要求などがあり、品質―製品安全―環境、それぞれの分野の問題は、企業の中では共通の職種の方々が仕事に従事されている例が多いように思います。

中澤:私の場合も読者からの反応がいくつかあり、メールでの意見交換をしたこともありました。また「雪印食中毒問題から何を見るか」(2000年8月号)掲載後、日科技連を通じてある企業から講演依頼があり、“身近なリスクの存在”というところに重点をおき、話をしたことがあります。最近も少し前のコラム「安全とモラル」(1999年12月号掲載)についての講演依頼を受けています。

北川:本誌の読者は技術系の方が多いので、「法律の話はどうかな」と思ってもいましたが、判例を通して製品安全のポイントを探るという点を結構よく理解してくれて、直接の質問等もありました。大学院生からの質問もありましたね。


[このシリーズを終えるに当たって言い残したことなどあれば、どうぞ]

中村:言い残したというより、まだまだ連載して読者の方々のPSマネジメントやPSエンジニアリングとますます多く発行されるPS関連のISO/IECを利用する時のヒントを少しでも多くご紹介したいのですが、このシリーズは終了と言うことなので残念です。今後似たような企画があり、参加できれば幸いです。

中丸:言い残したということよりも、製品安全分野の仕事は事故が起きて初めて分るものが多々あります。人間の知恵の浅はかさといってしまえばそれまでですが、目に見えない潜在的な危険をどう見るか、そしてそれを未然に防ぐにはどうしたら良いか、また先人の知恵を、後に続くものが確実に受け継いで、再発防止をするにはどうするかといったことを確実に行うためには、視野を広く持ち、体に汗をかくと同時に、脳みそにも汗をかく日頃の地道な活動を倦まず弛まず行う必要があることを痛感しております。

中澤:そうですね、私の場合は企業(企業人)に求められている“謙虚さ”というものを、もう少し訴えたかったですね。多くの人は都合が悪くなると、「企業は慈善団体ではない/営利を追求するものだ」という盾を手に、顧客本位の行動をとらずに楽な保身行動に出るものです。現状では、客観的事実に基づいたデータの収集、そして顧客の利益にかなうという視点での判断、それが将来的に企業や社会のリスク軽減につながる、ということまで考えてくれないようです。「経営トップが居られるのは社員のおかげ、管理職は部下のおかげ」、「会社は顧客や社会が存在させてくれている」というように、常に“思い上がり”がないか自問自答することも大事でしょう。「謙虚さがない」というのは、金や権力に惑わされて楽な方に流されている、単に“ずるい”だけのことだと思います。


[本シリーズでは、「21世紀における製品安全とPLP」というタイトルを付けてきましたが、21世紀に入った今、製品安全の広がりというか、対象範囲の拡大は問題になりませんかね]

中村:そうですね、製品安全の範囲というか、今まではPSマネジメントとPS技術(エンジニアリングとテクノロジィ)の研究や業務・活動の対象が主に「人に対する安全性品質」でした。しかし、今は「人に対する安全性品質と同時に自然環境・生態系への悪影響・負荷も対象にした総合(または、統括)安全性品質」という品質概念が必要です。製品の範囲も単独の消費者製品だけでなく、部品、材料、サブ組み立て品、製品本体、表示類、マニュアル・文書類、システム全体、ネットワーク全体を考えて、安全性への対応をするという考え方が広がってきています。これはアメリカやヨーロッパの一部の企業では1980年代から始まっていました。この流れは今後ますますはっきりしてきますし、日本国内でもこの考え方を実際の業務に展開している企業が増えつつありますね。

中丸:先にも一部触れましたように、IT機器一つとってみても製品安全問題は環境問題と深く関わっています。また、21世紀に飛躍的な発展をとげることが予測されている遺伝子組み替え、臓器移植など生命科学の分野、国民の健康問題に直結する新しい医薬品や、これまでにない新しい環境技術の分野など、未知の領域が急速にひろがってきています。従来ややもすると製品安全は、私自身の中では、電気機械、輸送機器、化学品の範囲の中で考えてきましたが、科学技術の進歩によって関連分野は急速に広がってきています。また、宇宙ステーションの建設が進み、宇宙科学に関連する製品は、従来の地上での科学技術の法則や経験則が通用しない分野もあり、未知の要素を適切に安全性の作り込みに結びつける工夫をしなければ大変なことが起こることになりかねません。その意味で安全の範囲を従来とは桁違いに広く深く捉える必要が出てきていると思います。便利さや、使いやすさは安全性確保のための重要な要素ではありますが、それのみを追求すると、文明の利器が凶器に一変し、多大なる被害を招くことがあります。いろいろな側面を考慮した場合、今回の同時多発,テロ事件に見るように、比較的簡単にパイロットになれて、誰でも操縦できるようにすることが、安全を確保することになるのか多いに見直しをする必要があるように思います。従って、安全性を確保するための社会的インフラも、従来の概念や価値観、倫理観にとらわれない新しい考え方で構築していかなければならないと思います。

北川:私も賛成ですね。それと製品安全への取り組みの問題を企業だけではなく、消費者・使用者への要請としての把握も必要でしょう。また社会全体の問題として、国民が製品の安全というものをどのように把握しているのか、というようなことを認識してもらうのも大事でしょう。つまり、技術に対する国民の期待が非常に大きくて、受ける方は何もしなくても、当然安全であるべきで、技術の安全神話のようなものにつながっていないかとかも考えてみる必要があるのでしょうね。社会全体でのリスクの負担、技術水準を超える製品の安全性の問題(言い換えれば安全を確保する技術がない場合)なども考えていかなければならないと思います。

中澤:まず「製品安全」という言葉の一般化、そして市民生活レベルへの浸透が必要だと思います。一般の企業人でもなかなか理解されない言葉であり、そのため製品安全を狭義に理解し、企業のPL対策も企業リスクの低減も可能、という何やら特別な手法のように考えているようです。したがってハウツウ物の本を読むような姿勢で、情報収集にだけ努力する人もいるようです。「製品安全」は時代や社会の要請、あるいは消費者の価値観の変化から、企業が関係するあらゆるリスクの低減を求めて思考錯誤し研究する課題でもありますが、大事なことは「製品安全する心」というか、製品安全を押し進める目的が何であるか、ということを第一に考える必要があるでしょう。日科技連のPS研究会に初めて参加される方が長続きしない、あるいは「自社の取り組みで十分」と去っていく方がいるのは、製品安全の広大な“すそ野”を見ていないのかもしれません。また「製品安全」という言葉には人により捉え方が異なることも多く、今は「私の考える製品安全」という前置きが必要なのでしょう。私の場合、製品安全とは「企業がユーザーや社会に対して保証するミニマムリスク,」ということになりますが、読者の方々はどうでしょう…。


[21世紀における製品安全への取り組みに対する提言としては、どうでしょうか?]

中村:PSへの取り組みに対する提言について、今までの私のコンサルテイション業務で感じたことを中心にまとめてみます。日本企業のマネジメント層や品質保証、開発・設計の方々のPSへの考え方や、一般の製品ユーザー、また、食品・医療分野で社会問題化している現象から見られる専門当事者と行政関係者等のPS上の企業責任や専門当事者責任に対する認識、重要性の理解度は、海外工業先行国に比べあまりにも違いがありすぎると感ずるケースがしばしばです。このギャップが大きいままで、つぎつぎと発生する安全問題を日本社会全体でうまく処理し、21世紀を乗り切れるかどうか本当に心配です。安全問題はトータルで横串を通す形で行政、企業ともに実行しなければ確保できません。お上指向が強い国民性は簡単には変わりませんから、まず安全に関わりがあるすべての行政機関の縦割り方式・規制を排除できる政治改革ができる人が動かなければならないと考えますね。しかしそのような政治家の出現まで待っていてこの国全員の安全が得られ安心しておられるのか、それまでに大きな問題が発生するような気がします。それができなければ海外からサポートを得,るか、いわゆる外圧を利用する必要があると思います。
明治初期にさまざまな分野で海外先行国のエキスパートのサポートを受けたように、安全性確保技術は日本の既存技術者の資質(技術能力ではなく謙虚に先行者に学ぶ姿勢)では時間がかかり、いつ追いつけるのかわかりません。これは今、市販されているものの安全性分析の結果や相次ぐ製品安全事故、医療・食品事故、輸送機関の事故の報道からもよくわかるところです。

中丸:4人の執筆者がたまたまIT産業に長い間従事してきたということもあり、医薬、医療、生命科学、遺伝工学、食品、エネルギー、宇宙科学その他、21世紀に大きな飛躍が期待されている分野については触れられずにきました。電気通信分野は今後10年の間に飛躍的な進歩が期待されているようですが、現在の科学技術でもかなり見通しのきく分野といわれています。環境分野もやはり今後10年20年で、生命科学と共に大きな変化を遂げるものと期待されています。環境安全問題への広がり、その対応は従来にも増して充実していく必要があることを感じています。また、日本の産業界のグローバル化の進展に伴い、安全に関して諸外国の後を追いかけてばかりいるのでなく、国際社会をリードするような努力が求められていると思います。産業界にはそうした役割を担える人材の育成が必要ですし、縦割り行政の弊害も何とかしなければなりません。安全文化の育成という意味から、技術は何のためにあるのかを目的的に捉え直す必要から、教育制度も文系、理系を峻別するのでなく、適切な融合と交流を深めるシステムに変えていく必要があると思ぁwCます。

中澤:究極の安全性評価システムの求めるものはゼロリスクの世界ですが、それが不可能であることは容易に理解できます。私達が求めるものは、安全・信頼のおける生活や社会環境の構築であり、結果的に安全な製品が多くなった、という考え方でも良いと思います。ハードやソフトの対策は大事なことですが、使用者レベルにおける許容できる痛み、ショック、ノイズ、毒性、不快感、精神的苦痛などのハザードの発生頻度、レベルの低減をどのように達成するかであり、安全規格や基準をクリアすればいい、という最低レベルの問題ではなく、企業の製品を購入してくださる顧客の負担を最小限にするための努力を、どのような客観的指標に照らし合わせて公表できるのか、ということでしょう。それが企業の製品安全指標の開示でもあり、安全や顧客志向の企業ポリシーの具体的なデータ公表でもあります。そのような企業の取り組みが行政品質の比較にもつながり、その達成度や役人の言い逃れのできないデータの開示で、行政品質の悪いA市に住んでいる人が行政品質の良いB市へ引っ越しする、ということも起きるでしょう。そのような行政間競争の結果から、社会資本,・環境の充実へ、そして地球・生物環境に関わる問題が市民の利益となるような、製品安全をそんな具体的な成果を生み出すために役立たせたいものです。

北川:製品安全への取り組みついては、これまでにでてきているようないろいろな問題を含んでいますが、私としては、やはり、技術革新が進む中での「安全性の確保との関わりにおける法の役割、もしくは限界」というようなものについての研究がもっと必要なのではないかと思います。たとえば、文部科学省の失敗知識活用研究会(私もメンバーです)における研究報告書にも記載されていますが、個人・法人に対する法的責任の追及と失敗の原因究明の困難さの関連などもその一つでしょうね。しかし、製品安全として考えるときに法律の要請がなければ、製品は安全にならないというようなものではそもそもないといえますし、少し古くさいですが、製品の安全性は企業だけが取り組めばよいというものでもないし、消費者も含めての社会全体の問題として取り組むことが必要ですね。むしろ、ケースによっては安全に法とか国家の規制とかがかかわってこない方がよいということもあると思います。


[このシリーズを離れての皆様の製品安全への取り組みは、今後どのようになされますか?]

中村:当分、PSコンサルタント業務とPS専門家の育成のお手伝いを続けます。また機会があれば、このシリーズで私が担当したPSマネジメント分野や海外のPS情報のより適切な国内展開のヒントを提供したいと思っています。

中澤:新聞紙上をにぎわすニュースには、およそ消費者の納得しがたい企業の都合が優先されたものが多く、企業の製品に対する責任が感じられないことがあります。とはいっても消費者は企業の造る製品により恩恵を受けているのは事実です。しかしお金を払っている以上(契約関係の成立)、企業や製品品質の向上を強く望みたいところです。企業が思い違いしている点や、見落としている点などがあれば指摘し、市民も企業(企業人)も、皆が同じ価値観を共有できる21世紀型の社会環境構築に向けて歩んでいきたいと思います。

中丸:引き続き製品安全と環境安全分野に取り組みますが、特に環境安全分野の国際標準化が今後益々重要性を増してくるものと思われますので、欧米に追随するばかりでなく日本から発信できるようなものを作り上げる分野で貢献できればと思います。

北川:これまでは米国の判例を中心として製品安全へのガイドラインをこれまで考えてきましたが、今後は、それに加えて、日本の判例の分析、さらには中国他の裁判事例を研究することによって製造物責任の法理論を通して、世界に共通の製品(もちろん部品、原材料、コンポーネント、システムなども含めて)安全への指針というようなものを考え、日本から世界に発信していきたいですね。



これで本シリーズの最終回を終わりますが、これからも今までに掲載した内容について読者の方々からのご意見などをいただければ幸いです。ありがとうございました。(執筆者一同)

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