研究所


ENGINEERS誌1998年8月号

「21世紀の製品安全とPLPを考える」シリーズ

“わかりやすい”から“使いやすい”取扱説明書へ(2)

 前回(4月号)から「使いやすい取扱説明書」について考えているが、ここで「取り扱い説明」という用語について今一度整理しておきたい。「取り扱い説明」の対象は人であり、目的は“もの”(製品)を使いこなせるよう人を導くことである。「取り扱い説明」はまた、製品とユーザー間のインターフェイスとも考えられ、文字、色、音声や画像情報だけでなく操作する機械の外形、スイッチなどの形状・配置、機械の反応なども含まれる。

 「取り扱い説明」の注意点は、決められた説明(手順)通りに動く機械や機械との通信、インターフェイス設計とは違い、設計者が期待する操作行動がユーザーによって常にとられるとは限らないことである。

 ここで使いづらい「取り扱い説明」の製品として、鉄道会社の券売機の例を紹介する。
最近の券売機には大きなディスプレイ画面が付いており、その画面表示で“行き先(金額)”を押すことを要求しているものがある。お金を入れる前からその表示があるため、つい画面の表示部分を押すのだが“何も起きない”といった事態に遭遇する。機械の画面表示がある場合、その画面情報をまず先に見るユーザー行動、というのは銀行の現金自動支払機(CD機)のインターフェイスなどで一般化している。この券売機の設計段階で「ユーザーは当然最初にお金を入れてくれるだろう」といった、従来型の券売機におけるユーザー行動を想定ところに誤りがあったと考える。また、「先にお金を入れてください」という説明を省略する発券効率優先設計もあったと思われる。このためユーザーは、ディスプレイ画面付きの機械であっても「鉄道会社のそれは一般のCD機とは違うのだ」、ということを経験的に学習することになり、これは社会に不必要な無駄と混乱を提供したことにもなる。誰にでも使いやすいユニバーサルデザインが注目されているが、公共機関としてのデザインに関する社会的責任の配慮が欠如しているとしか思えない。

 さて製品を操作するユーザーは、製品から「取り扱い説明」を受け、さらに困ったときや必要なときに取扱説明書を参照する。したがって製品および取扱説明書の情報はタイミング良く互いに補完する関係でなければならない。このことは製品を使用するユーザーが、いつ・どこで・何のために取扱説明書を使用する(読む)のか、という場面を想定する必要性を意味する。これは、製品・操作者・周りの人・環境といった各要素間の関係でシナリオを作ることでもある。各場面設定でシナリオがうまく作れるかが「使いやすい取扱説明書」への近道である。これは製品におけるセイフティレビューでのリスクファインディングと同じで、幅広い柔軟な思考でユーザーの置かれる操作環境をイメージできるかがポイントとなる。

 今回「使いやすい取扱説明書」を考えているが、一般的な印刷物としての取扱説明書を想定していくことにする。取扱説明書制作においても製品と同様、企画、設計、製造を経て完成されるものであるが、“企画”と“製造”(印刷)についてはイメージしやすいので“設計”について少し述べておく。

 製品機能や目的を達成するための回路・機構設計に対し、取扱説明書制作での設計とは情報を伝えるための方法、すなわち文字・文章設計となる。文章の機能(目的)は企画段階で決められる情報提供の方法、全体のストーリーと個々の場面のシナリオにより明確にされる。もともと文章は文字や単語といったパーツの組み合わせで成り立ち、読み手に伝える目的は回路設計における部品のパラメーターや機能の選択、組み合わせと似ているものである。したがって用字用語の統一性や文字の配置、読みやすくするためのページ構成・レイアウトデザインなどは設計標準(制作標準)として扱うことになる。

 さて、実際の取扱説明書で気になることを述べてみたい。取扱説明書の中には「各部の名称」のページを設け、製品を操作するためのつまみや表示類の名称を説明し、本文で使われる用語のリファレンスとしていることが多い。製品によってはここで使用される固有名称だけで操作ガイドとなることもあり、単純明快で分かりやすいものもある。しかしこの「各部の名称」が必ずしも必要でないケースも意外と多い。「フロントパネル」や「リアパネル」などの名称を示しながら、本文中に全く出てこないこともある。これではユーザーに“覚える”負担だけを与えているようなものである。「各部の名称」の目的は、本文説明でユーザーが分からない固有名称の場所を図解説明し、本文の理解を助けるものである。したがって本文中に適切なイラストが使用されていれば、難しい固有名称を使わずに「このボタンを押す」だけで十分である。設計担当者が部品構成表などで使用する名称をマニュアル制作担当者に渡す図面に記入しているのは、部署間での補足説明のことが多くユーザーにとっての必要情報とは限らない。取扱説明書は「企業内に示す製品の使い方の説明書」ではなく、「ユーザーに製品の取扱いを習得してもらうためのもの」であることを忘れてはならない。

 ここで「使いやすい取扱説明書」の形態について考えてみたい。キッチン用品など生活日用品の取扱説明書は外箱に印刷されていることが多く、通常それらの取扱説明書をユーザーが保管することはまれである。何か不具合があったときにメーカーに連絡をするのに必要ではあるものの、種々雑多な形態の空箱をいくつも保管するなどとても実行できるものではない。箱に書かれた取扱説明文が剥がすことのできるラベルであれば、ユーザーがファイルしやすい用紙に貼り、保管できるので非常に使い勝手がいい。しかしながらそこまで気を配った製品は見たことがない。

 また電池や電球・蛍光灯などの消耗品は、ユーザーがどこにでも貼れる小さなラベル(交換日記入用)があると、次の交換日の予測もでき、必要であれば予備を用意することもできるのでありがたい。このようなユーザーにとって使いやすい情報の提供、予測されるユーザー行動を支援することが「使いやすい取扱説明書」への道であろう。
今号では「使いやすい取扱説明書」の基本的考え方を述べたが、次回からは企画・設計手法についてより詳しく述べてみたい。

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