研究所



ユーザーのための取扱説明書とは


<2000年評価分>


■「安全上のご注意」


安全上の注意の一番最初の文章から堅い印象で、読み手を排除させるような文章が多い。

「本書および製品添付のその他の取扱説明書では、お客様や他の人々への危害や財産への損害を未然に防止するために、危険を伴う操作・お取り扱いについて、次の記号で警告表示を行っています。内容をよくご理解の上で本文をお読みください。」<E社製プリンタ>

次の文章は読みやすい、理解しやすい例。

「お使いになる人や他の人への危害、財産への損害を未然に防止するため、必ずお守りいただくことを、次のように説明しています。」<M社製FDドライブ>

 ここでの根本的な違いは、ただ行っていることの状況説明をしているのが前者で、「メーカーはこのように十分配慮しているのです」といっているだけである。ユーザーの立場では、どちらかというと「うるさい」感じがするものである。

 それに対し後者は、ユーザーに「守っていただきたいこと」とのメーカーの意志が見られる点であり、よりユーザーの意志に期待する「お願い」が感じられる。

 しかも前者の場合「内容をよくご理解の上で本文をお読みください。」を2箇所で使い、これら警告・注意の文章を理解できないと本文を読んだらいけない、との感じも受けてしまう。PL法施行前後に大慌てで警告・注意文を整備した企業が、その後内容を吟味せずにただ取扱説明書に載せている、ということが分かる。


イラスト付きの注意書きの、一番最初に次のようなものがあるが…。

「改造はしないこと また、修理技術者以外の人は、分解したり修理をしないこと」<T社製電気保温ポットの例>

 この文章は、製品を初めて使い初めて取扱説明書を読もうとする人にとっては、かなり異質なものである。

 製品の使い方さえ満足にできないユーザーが「どうして使うのかな?」と思ってみる取扱説明書の最初に「分解や改造する」という意識がどれほどあるというのか。普通に使用する上での注意すべきことをまず記述するのが望ましい。



<M社製充電インパクトドライバー>

 絵表示が極端に少なく、警告、注意が延々と4ページにわたり続く。これらの文章をすべて読むユーザーはおそらくいないのではないか。かなりの根気が必要であり、ユーザー層を従来型から変えてきた製品としては問題である。これでは、「読んでもらいたい」というメーカーの姿勢が感じられない。

 この製品は「軽くて使いやすい製品」をアピールし、従来の工務店や一部の趣味のユーザーから、一般家庭の主婦層にターゲット絞っているようであった。店頭でも販促用のシートで使いやすさが強調されていて、「天井でも楽に作業できます」などのイメージを唱っている。このような場合、家電製品のようなイラスト中心の警告・注意が必要ではないか。

 また「充電プラグ差込口の端子間を短絡させないでください」とあるが、「短絡」の言葉がどの程度の主婦層に理解できるのか疑問である。「ショート」のほうが理解しやすいのでは?


「水にかかるところや、火気の近くでは使用しないこと」<T社製保温釜>

 我が国ではガスレンジやシンクが一体となったカウンターで保温釜など使用することが多い。したがって当該製品はそのような使用環境で使うことを容認した製品、との認識をユーザーは持っているものである。その環境とは多少の水がかかったり、多少とも火気の近くで、ということである。しかも、今まで使用してきた古い保温釜がそのような環境で事故もなく何年も利用できていれば、新たに購入した製品も同じような使用環境におくのが普通である。

 シンクで洗い物をしているときに、その跳ねが飛んでくる程度の場所は安全上の弊害はないと考えられる。したがって水が頻繁にかかる場所や行為は厳しく禁止し、それ以外の場所でたまたま水がかかった場合は、ふきんで拭く程度の対処方法の記載が実体にあっている。

 行ってはいけないことを100%排除するような注意文は、そのこと自体が不可能な場合、ユーザーはその注意文に従わない自己経験則により行動するものである。

 注意文を「つまらないことが書いてあるから読まない」というユーザー行動を誘うようなものにすることは、取扱説明書の目的である「読んでもらうこと」という大前提を放棄するものである。

 防御第一の取扱説明書注意文ではなく、実際に保温釜が使いやすい環境で「何をどのように注意していただくのか」を真剣に考えてもらいたい。「あ、そうか」「なるほど」といった、ユーザー環境に密接な情報提供が注意文としての効果が大で、それはユーザーを思いやった文章から生まれてくる。


「機器内部に金属物を入れたり、水にかけたりぬらしたりしない」<M社製ステレオアンプ>

 この文章では故意に誤った行為を行うことを禁じているようである。商品性からいってわざと水をかけることを想定するよりも、誤って水をかけてしまうことの注意とした方がよい。また金属を入れる場面と水をかけたりする場面は異なる状況なので、一つの注意でまとめない。

 金属物を入れる可能性のある場面とは、製品の接続時に工具や配線ケーブルが乱雑に置かれ、何かを取ったときにそばのピンなどが通風口に飛び込む場合や、何気なく置いたアクセサリーの細いチェーンが入ること、子供がいたずらで中を突っつき回す、などではないだろうか。ステレオアンプは屋内で使用する製品であり、通常はキッチンに置かずリビングなど水のかからないところで使用されるものである。それでも製品の上、あるいは横に花瓶があったり、子供がよだれをたらしたり、など家庭内での場面はいくつか想定できる。そのような“故意”ではない「誤って」起きてしまうことを注意する文章が望ましい。


■表記上の問題

(a)「布をかけたり、毛足の長いじゅうたんや布団の上または壁や家具に密接して置いて、通風口をふさぐなど、自然放熱の妨げになるようなことはしないでください。」<S社製ビデオデッキ>

◆難しい言葉がないか

「密接して置いて」よりも「ぴったりつけて」が分かりやすい。
「自然放熱の妨げになるような」よりも「熱がこもるような」が分かりやすい。



b)「キャビネットは乾いた柔らかい布で」 汚れがひどいときは、水で薄めた中性洗剤に柔らかい布を浸し、固くしぼってから汚れをふきとり、乾いた布で仕上げてください。<S社製ビデオデッキ>

「キャビネット」の言葉に違和感がないか。
 昔のテレビやオーディオ製品では木製のキャビネット仕上げのものがあったが、最近の鉄板、プラスチック製の製品ケースの名称に使うのはいかがなものか。



(c)「同梱物を確認しましたか?」<E社製プリンタ>

「同梱物」の表記は分かりやすいか。
「同梱」とは同一梱包の略語で、メーカー内で使われている語が一般ユーザーに伝わるのか。


■取扱説明文の問題


取扱説明が不適切であったT社製電気保温ポットの例を示す。他社も同様であり、説明書通りではふたがうまく取り付けられなかった。

 ここでの一番の分かりにくい説明は、「ふたの取り付けかた」というところである。「ふたの外しかた」の逆の手順で行ってください、とあるが実際の製品では簡単に取り付けるのには少々慣れが必要なものであった。

 単にものを持ち上げる、もとの場所に戻す、という場合には「逆の手順」といわれても特にほかの説明を読む必要はないが、この例では二番目の「ふたの外しかた」の長い説明文を逆にもう一度読ませることを強要しているのである。このような記述は多くの取扱説明書で見ることがあるが、改めて他の操作を読ませることはユーザーの負担を増すことが多いので注意すべきである。同じことを何回も記述するとかえって分かりにくい、ということもあるが、そのときは参照項目(ページ)の記述と供に、手順の概要(ステップ)やイラストを縮小したものを記載するなどの方法を考えるべきである。

 「注ぎ口方向から約60度でふたを元の位置に戻してください」のような説明をユーザーが瞬時に理解できればいいのであるが、残念ながら「元」の位置にどのようにふたが装着できるのか、ロックの機構を確認しないことには理解するのが難しいものであった。約60度で数回斜め下に装着を試みたが、3回に一度くらいは成功したが毎回正確に取り付けることはできなかった。まるでダートの標的を狙うような緊張であり、このような作業を指示するメーカーの気が知れない。ここでの問題は、何かに接触させるガイドもなく、空中から直接ふたの合わせ部が装着部の狭いスリットに入らないことにはだめなのである。この操作手順としては「ふたを大体垂直に持ち、ふたと本体の取り付け部を合わせる」、次に「ふたの手前にゆっくり閉じるように下げる」という一連の作業が必要である。また、本体とふたの取り付け部の機構のイラストがないのも何とも分かりにくいものであった。

 最近の製品の中では操作指示の悪さが特に気になったので、他メーカーの製品でも確認したが、同様に説明の手抜きが見られた。他社では取り付け部のロック機構が付いているので、作業は両手が必ず必要で必ずしも同一の機構ではないが、ふたを取り付け部に戻す方法は同一であった。N社はT社と同じような簡単な説明で、Z社は「もとの位置に戻す」という言葉が入っていた。TG社は取り付け部の様子が分かるイラストが示されていたが説明文は同じようなものであった。各社とも横並びで、このような機構を初めて経験するユーザーへの配慮がまったく足りないといわざるをえない。

 この製品では電源コードセットにマグネット式プラグが採用されており、本体を移動したり誤ってコードを引っかけたときでも倒れないで、中のお湯がこぼれないようになっている。安全上の見地からも良い製品であるが、日常的に使う場合このマグネットプラグをスイッチ代わりに使うことが想定されていない。「使用時以外は、差込プラグをコンセントから抜くこと」となっており、コンセントが冷蔵庫の置くなどでたびたび抜き差しできない家庭など、簡単にはずせるマグネット式プラグを「差込プラグをコンセントから抜く」代わりに行うことの是非や注意点が記載されていないのは残念である。


 


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中澤 滋 ASP研究所代表
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