“使いやすい”取扱説明書の企画・設計手法

ASP研究所 中澤 滋


1.取扱説明書の目的

 取扱説明書の目的は「製品の取り扱い方を習得する手助けをし、製品企画・設計の狙いである製品に備わった機能を発揮させて顧客に満足してもらう」ことである。これは製品購入代金と等価である製品機能(価値)を想定(期待)する顧客との売買が成立したことであり、「買っては見たものの、使用することのできない製品」は購入前の情報提示に問題があり、メーカー・企業の責任が問われると考えるべきである。

 製品を購入する顧客・ユーザーの立場としては、購入後すぐに購買目的(製品機能など)を享受する権利があり、製品取り扱い習得に不本意な時間がかかることは負担であり、黙示の保証の観点からも問題がある。「取扱説明書がないと操作できない・不都合が生じる」あるいは「取扱説明書がないと操作できない・不都合が生じる」ような製品は、製品・取扱説明書の完成度が低い、あるいはある種の欠陥が内在していると考える。ほんらいであればこのような製品は市場に提供して欲しくないのであるが、売れるものは社会的に認知された、とする市場原理からユーザーの負担を省みない企業・製品が存在しているのは残念なことである。

 しかし最近我が国企業もCS経営に即した活動をとるようになり、長期的な視点からリスクを最小にするためのニーズ・顧客対応の重要性を認識してきている。このことから企業における製品企画・設計では、ユーザーに負担なく提供できる取り扱い説明や取扱説明書にも関心が高まり、ユーザーインターフェイスの重要性が認識されてきている。したがって製品ハードとユーザーの橋渡しをするインターフェイスである、取扱説明書の質についても無視できなくなっている。

 しかし間違った操作をさせないための注意書きについて見てみると、中にはユーザーに必要以上の情報を読ませ・理解させること強要し、不必要な負担・労力を強いているものもある。CS的には、製品操作により顧客が得る利益を速やかに提供することが第一条件であり、そのための取り扱いを習得をサポートすることが取扱説明書の目的である。したがって製品の取り扱いで事故や不具合が起こるのは製品側の都合と認識しなければならず、安易に警告・注意情報を提供することはユーザーの負担を増すばかりであること肝に銘じて欲しい。それよりも昔も今も相変わらず進歩がない説明書本文のわかりやすさ、正確さなどの改善に努めてもらいたい。それがCS時代の取扱説明書のあり方であろう。

 メーカーとしては「良いものを低価格で社会に提供する」ということから、「ユーザーに負担してもらう安全確保の方が製品個別の対策よりも社会的意義がある」と反論するかもしれない。しかし取扱説明書本来の役割を今一度認識し、取り扱い上の注意は「ユーザーが特に注意をしないと事故やユーザーの負担を強いるもの」などに限定すべきである。「刃物は手を切るおそれがあるので取り扱いに注意すること」などの分かり切ったことでも注意書きとして記載する取扱説明書は、PLリスクを把握できない企業が手間ひまかけずにPL対策した取扱説明書の結果でしかない。これは企業における製品のリスクが把握できていないことでもあり、企業の製品安全(PS)レベルの低さが見えてくる。「このような企業の製品を買わない」、という知識・力のあるユーザーが出てこない日本では、企業が反省することがなく残念でならない。

 取扱説明書の主たる目的は「間違った操作をさせないため」ではなく、いわゆるCS達成のための重要な一要素であると考えて欲しい。また製品を使用するユーザーに満足してもらうことは、「商品を作って、売り、お客に満足してもらう」という“もの”作りの原点でもあることから、企業の満足とも一致することであろう。したがって企業は全ての顧客が取り扱い習得できるよう努力しなければならず、その目的を達成するには製品を操作するユーザーを知ることから始めなくてはならない。


1.1対象ユーザーの設定と伝えたい(伝えて欲しい)情報

(1)対象ユーザーの設定

 取扱説明書の目的を達成するためには相手である製品使用者、つまり製品の購入・利用対象ユーザーの把握・設定が欠かせない。製品の使用者が誰なのか、ユーザー視点(立場)で説明できることが取扱説明書の原点である。ユーザー本人およびユーザーの置かれている環境を理解・想定することで、製品・取扱説明書を前にしたユーザーのとまどいが実際に感じられることになる。それがユーザーの求めている“伝えて欲しい情報”である。

(a)使用目的一般

 何のために製品を購入するのか、その目的を整理することでユーザーの立場から当該商品の必然性(なくてはならないもの)を理解し、操作習得の緊急性をも把握する。

・居住環境の維持、向上
 照明器具、冷暖房機器、水回りの設備など

・保守、メンテナンス用部品

・衛生
 掃除機、洗濯機など

・趣味・快適性
 テレビ、オーディオ機器、パソコン、衣料品、園芸用品など

・調理器具
 電子レンジ、ガスレンジ、コーヒーメーカー、ジャーポット、電気釜、フードプロ
 セッサーなど

・作業・業務遂行のため
 自転車・自動車(人、物の移動)、冷蔵庫(物の保存)、調理器具(食品加工)
 カメラ、プリンタ、機械・電動工具など

(b)国や文化による違い

・言語、宗教
 イラスト表記・子供への配慮・記号やシンボルと略語の混同など

・ユーザー環境
 自然環境・気候(温度、湿度、埃、風力、気圧、雷害など)・水質、大気、動植物

・社会環境(社会基盤)
 法律・社会ルール、交通事情、燃料品質、電源事情(電圧変動、周波数、高調波)
 騒音、振動、光、電波、修理部品の品質(ジャンク品の流用)など

(c)ユーザー理解度・習得度・物理的困難性

 年齢、性差、教育水準、加齢・身体障害、類似製品の所有、取り扱い経験の有無

(d)製品入手経路

 ・ユーザー本人が購入、企業内で使用(職場専任者の有無)

 ・製品を中古で購入(取扱説明書の有無・機能維持の適否)

 ・製品をもらった(取扱説明書の有無・前所有者からの操作説明の有無)

(e)特定ユーザー向け商品使用者

   企業・事業者、農家、自作アマチュアなど

(2)伝えたい・伝えて欲しい情報

 対象ユーザーの把握の次は、製品の取り扱いに関する情報の整理である。企業の伝えたい情報とは製品の機能を細大漏らさず説明することであり、設計部門が提供する情報が基になる。設計部門が伝えたい情報は社内の説明会などで製品機能・原理・操作方法などが周知される。多くの場合取扱説明書の制作は、設計者がラフな情報・原稿を作成することから始まり、その情報でマニュアル部門が文章、図版その他記載事項やレイアウトを作成、その後設計者が内容チェックする方法で進む。このため設計部門が提供する製品ハード・ソフトの情報から取扱説明書へ展開することになる。このとき取扱説明書制作業務に必要な情報がすべて提供されればいいのだが、標準化が遅れている企業では営業、デザイン、品証、製造部門、それぞれに提供された個別の情報内に設計担当者の気づかない取扱説明書情報が埋もれていることがある。

 例えばプロトタイプではなかった追加のラベルやパネル面の刻印など、設計担当者は製品ハードの完成が至上命令のため業務上欠かせないデザイン、製造部門にはすべて提供する情報が取扱説明書制作部門には回すことを忘れる、あるいは「量産試作初回の実機で確認してくれ」などということも起こってくる。これは製品が動かないことには売り物にならない、という設計者の責任が問われるためによくあるケースで、取扱説明書に不具合があっても製品の販売はできる、という暗黙の了解が企業内にあるからである。したがって取扱説明書制作部門の担当者の技量に、情報の量、質が左右されることになる。したがって、ユーザーの「伝えて欲しい」情報がすべて制作部門にインプットされないことも多く、またその検証も行われないことが多い。ユーザビリティを製品企画・開発・設計時から考慮し検証する場合を除き、取扱説明書制作業務がシステマチックに行われている企業はそれほど多くないと思われる。

 また、設計部門でマニュアルを作成する企業よりも、マニュアル制作部門が設計部から独立している企業のほうが問題を抱えているようである。制作部門では取扱説明書の元原稿をできるだけ簡単に作成するためのノウハウとして、社内外の既存の類似製品に使われている機能説明の資料などを最大限利用することになる。これは設計部門からの情報が少ないことと多忙を極める設計部門への配慮?かもしれないが、設計担当者の意識でも、「この機能は○○と同じものだから」と皆がわかっているものだと思いこむことが多い。したがって類似製品との「差異リスト」を作成し、異なる部分だけの説明で済ますが、問題はそのリストの質にある。各部門では「差異リスト」を信じ切って業務が進み、その間違いに気付かれないまま取扱説明書の原稿ができ、実機による社内の製品評価時に制作中の取扱説明書の不具合が明らかになったりする。

 そのときにはスケジュールはかなりタイトな状況で、誤った情報を駆逐することが至上命令と化す。そのときに類似モデルから流用した個所があれば、大体の場合新たなチェックが行われることは少なく、前作と同じ“わかりにくい、欠陥”とも言うべき説明内容が残り続けることにもなる(とくに用字・用語や引用・参照の間違い、不統一が多い)。そこで企業が伝えたい情報は実際のところ、製品の仕様を満たす全ての機能を引き出すための誤りのない説明であり、「できれば(余裕があれば)、ユーザーにわかりやすく」といったレベルではないだろうか。これは取扱説明書の位置づけが製品ハードの付属品で、しかもリモコンなどのハードよりも販売上価値が低いものと考えている企業ではしょうがないことであろう。「取扱説明書は製品と同レベルで質を問うべきもの」と頭では理解する制作担当者も多いが、経営トップのユーザビリティのポリシーが軟弱ではどうしようもない。このような事態の対策には、ユーザーの意見が強くなることと、ISO13407(注1)などの企業の外圧の効果に期待するという、残念ながら消極的に見つめていくしかないと感じている。

(注1)
「インタラクティブシステムの人間中心設計過程」に関する規格である、ISO13407の認証作業が今年中には始まると見られることから、今後、機器やシステムを使う人間を中心に据えた設計がきちんと行われていることを文書化し管理するという、設計部門のプロセス管理の対応が求められてくる。この「使いやすさ」の思想が設計から製造、ユーザーの手元に渡るまで維持されるには、その設計思想をどのように社内に提供したかも検証材料にならざるを得ない。したがってISO13407取得企業が増えることで、今後の取扱説明書制作業務に大きな改善の可能性が期待される。

 ところでユーザーが求めている取扱説明書は、できるだけわずらわしさの負担のない、つまり簡単に短時間で理解でき、一度製品を操作したら後はよほどのことがない限り取扱説明書を見なくてもよいもの、であろう。

 最近のプリンターでは、エラー時にパソコンから音声で状況説明が出るものがあり、製品のエラーコード表示をもとに取扱説明書を見なくてはならない、少し前の製品からは大分改善されている。取扱説明書は製品を初めて使用するときに仕方なく読むもので、通常使用時に何かのリファレンスとして取扱説明書は開きたくないものである。したがってユーザーが考えている伝えて欲しい情報とは、「とりあえず購入目的(最大の関心事)である機能を試す操作をし、うまく動作することを確認するまでのもの」である。したがって製品をセッティングすることが面倒なビデオデッキ、留守番電話、ファックス機、パソコンなどは製品を使う前にやることが多く、とても苦手なものと化す。

 ユーザーは次に、少し難しいけれども「より高度な機能の使いこなしを覚えること」と、「何かトラブルが起きたときの対処」などの情報が適切に提供されて欲しいと考える。最近では企業もインターネットでデータをユーザーに提供することが増えてきたが、何でもインターネットで回答を送るという企業の“楽”で“低コスト”な運用方法が見受けられ、情報弱者を作り出しているような気がしてならない。要はユーザー一人一人の置かれている環境(ユーザー自身もそうであるが…)を的確に把握し、彼らが求めるものをタイミング良く提供するのが求められる取扱説明書の一つの姿であろう。

 さてビデオデッキでは機器間の接続やアンテナの接続など、女性の場合は特に大変なようである。留守録となると自分一人では解決できない疑問が多く、取扱説明書のどこかに記載されていても「分からない」と独り合点してしまうのである。最近のビデオデッキでは受信放送局が製品を購入した地域によって自動的にプリセットされていることもあり、引っ越しでそのプリセットが機能しなくなると再生オンリーのデッキと化してしまうことも多いと聞く。今まで数年間使ってきたビデオデッキが引っ越しで使い方が分からなくなり、運良く取扱説明書があっても書いてあることが面倒くさそうだと購入当初のような意気込みが無く、すぐに諦めてしまうのかもしれない。このようなユーザーの立場の変化をどのように理解するのか、そのためのサポートとなりえるのかも企業に問われている。


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