“使いやすい”取扱説明書の企画・設計手法

ASP研究所 中澤 滋


4.わかりやすい取扱説明書とは

 わかりやすい取扱説明書は「わかりにくい取扱説明書」の“わかりにくさ”を是正すればよい。そこで取扱説明書がわかりにくい原因として、いつくか挙げてみると、

・欲しい情報が見つからない、見つけるのに時間がかかる
・文章が明快でない、回りくどい
・説明文の言っている意味そのものが理解できない、難しい、難解、専門用語が多い
・文章説明が多くイラスト・写真などのビジュアル表現が少ない
・本文説明とイラスト内の固有名詞が一致しない

 などの以外と簡単なものであることがわかる。文書の基本である文章・言葉を読み手に適切に伝えられるか、ということである。このようなことは企業・制作側でも当然わかっていることではあるが、再認識と復習の意味で述べておきたい。



4.1用字用語・表記スタイル

 取り扱い説明は言語情報をユーザーに提供するものであり、ビデオなどの音声・映像情報であってもその説明内容は一般には文字・文章から生まれるものである。したがって取扱説明書で使用する文字・文章で要求されている用字・用語標準等を企業内で定めることは、取り扱い説明の媒体に関わらずユーザーに提供するすべての情報の標準化をには欠かせない。外資系など一部の企業では用字・用語標準を早くから定め、社内および外注企業にも統一的な運用を進めてきていた。しかし現実には社内用字・用語標準を定めている企業はそれほど多くはないようである。取扱説明書制作部門では過去の経験から個人レベルのルールがあり、それをを少し発展させたような標準類はあるが、外部に提出できるほど完成度が高くないのが実際であろう。

 用字・用語標準のない企業では、新規参入の外部制作会社の苦労は絶えなく、不必要な時間と労力が無駄に費やされることが多い。もちろん企業に請求できる“すじ”のものものではないが、確認作業のわずらわしさから無駄な時間が生じ、取扱説明書の質を低下させる要因となっていることを企業は認識しなければなるまい。つまり制作現場でのミスや確認の不徹底を助長することでもあり、潜在的な品質低下の要素を抱えていることでもある。ISO9000シリーズの認証取得企業が増えて、ドキュメントマネージメントの関心が高まったようだが、マネージメントではない管理的な対処(ルールを作るだけ)だけで、部門独自の固有名称が統一されないことも多い。

 IT時代を迎える現在、企業から外部へ出る情報は多くの部署が個別に制作・発信者となっているが、その情報作りのベースである標準類の整備はどうであろうか。情報システムのマネージメントには、コンテンツ制作の標準類の整備も急がれていてる。場合によっては企業リスクに大きく関係することであり、注意の意味を込めて整理してみた。

(1)文字づかいのルール

 多くの場合、文章表記の原則として「常用漢字表」(昭和56年10月実施)、「現代仮名遣い」(昭和61年7月実施)、「外来語の表記」(平成3年6月実施)を参考に、ひらがなを多めに、必要に応じてカタカナ、ローマ字を使っていると思われる。

 また業種によっては小学校の学習漢字で各学年で習う漢字を参考にしたり、カタカナ表記の取り扱いにも注意していることと思う。最近では家電製品を中心に、ひらがなを多く採用し読みやすくする配慮が一般的になってきた。

我が国でも外国人就労者が増えてきたが、生活人としての彼らの負担を軽減する上でも好ましいことである。いずれにしてもわかりやすい文字づかいとは時代と社会的背景で常に変化するものであり、企業にあってはユーザーの変化を敏感に嗅ぎとるセンスも必要であろう。

<以下省略>



(2)演習(次の送りがなの使い方に、誤りはいくつあるか?)(2)

(a)1つづつ片づけてください (b)「お子様をお預りします」
(c)「危い!飛び出すな」 (d)「誤まりを招く」
(e)表われる (f)「有難うございます」
(g)彩どる (h)浮ぶ
(i)失なう (j)行なう
(k)押える (l)抑える
(m)幼ない (n)終る
(o)「暮しの手帖」 (p)少くとも
(q)難かしい (r)柔かい



4.2製品と取扱説明(書)、思考の一体化

 誤ったボタンを押すと警告の“プッ”音が鳴る製品などあるが、画面表示のない製品や画面での状況説明がないものではユーザーは困惑することになる。操作ミスはよくあることで、誤りを警告されるよりも「何がどう間違ったのか」、そして「現在置かれている状況はどうなっているのか」がユーザーが知りたい情報であり、これは次の操作や復帰作業、危険回避の方法などに直結している大事な情報である。このときの情報提供は、ディスプレイ表示(モニター画面、液晶、LED・ランプ表示など)やブザー・音声での状況説明など、製品ハードでの対応が直感的でわかりやすい。よりわかりやすくするには、音による注意喚起と表示(ディスプレイの文字情報、LEDの点灯・点滅・色の変化など)の組み合わせが効果的である。その上でユーザーが異常を感じた後、対応方法を取扱説明書から得るようにする。そのときに「なぜそうなったか」の説明も必ず併記し、ユーザーの学習をうながして再発防止を図る。これはユーザーの恐れる「製品が壊れてしまったのか」の不安を取り除き、「製品メーカーは現状認識している」との安心を生み、次の対処への積極的なユーザー行動が期待できる。パニックにならないようなユーザー行動を誘うのが、製品・取扱説明書の役目であり、そのための情報提供は欠かせない。

 製品使用時の一連の流れ(製品操作マ製品の反応や文字・音などの情報マ取扱説明書を読む)に対し、ユーザーのための操作説明やトラブル回避をうながす説明、というユーザー視点のフィロソフィーがあるかないかで、製品と取扱説明書の最適な関係が見えてくる。製品によって被るユーザーのとまどい、不利益(時間や危険など)は企業の責任と考えることで、トラブルからの早期脱出や回避の誘導が適切に行われるであろう。取扱説明書がないと製品を使用できないのは企業の責任で、いかに負担なくユーザーに読んでもらい理解してもらうこと、という「何々してもらう」「何々していただく」という意識を作るよう、制作側の意識改革が望まれる。

 さて、電話機の短縮ダイヤルは便利なもので利用している人は多いと思うが、機種によっては使いにくいものがある。「通常短縮ダイヤルに登録する」と思ったときはすでにユーザーの頭の中には何人かの名簿がイメージされているのである。したがってこの登録操作では「すべての名簿登録を一度に行いたい」と考えるのが普通である。ところがある機種では、一つ登録すると最初の初期状態まで戻り、同じことを何度も繰り返す必要がある。登録1番が終えたら、「引き続き登録を行いますか」のメッセージで次の登録2番の作業に入れるようなことがなぜできないのか不思議でならない。モード数を極力少なくする設計・コスト優先がユーザーの操作の使いにくさを生み出しているとしか思えない。

 ところで公共の場にある機械にとまどったり、使いにくさを感じることがあり、「銀行や駅では老人の後ろには並ばない」とする人もいるようである。多くの製品操作から機械のアルゴリズム(仕組み)を理解習得するのが早い若者は良いとして、老人には優しくない機械・製品が増えてしまっているようである。ここで鉄道会社の券売機の例を紹介する。
最近の券売機には大きなディスプレイ画面が付いており、その画面表示で“行き先(金額)”を押すことを文字(ボタン表示)で要求しているものがある。お金を入れる前からその表示があるため、つい画面の表示部分を押すのだが“何も起きない”といった事態に遭遇する。機械の画面表示がある場合、その画面情報をまず先に見るユーザー行動、というのは銀行の現金自動支払機(CD機)のインターフェイスなどで一般化している。この券売機の設計段階で「ユーザーは当然最初にお金を入れてくれるだろう」といった、従来型の券売機におけるユーザー行動を想定するところに誤りがあったと考える。また、「先にお金を入れてください」という説明を省略する発券効率優先設計もあったと思われる。このためユーザーは、ディスプレイ画面付きの機械であっても「鉄道会社のそれは一般のCD機とは違うのだ」、ということを経験的に学習することになり、これは社会に不必要な無駄と混乱を提供することにもなる。

 さて、LED表示で“点灯”“点滅”“消灯”の3つのモードを使い分けている製品をよく見かける。“点灯”“消灯”でモードのオン/オフは従来から同じであるが、“点滅”の使い方はどうであろうか。一般にはあるモードの「何かを行っている」状態を伝えていることが多く、設定条件(目標)に到達すると“点灯”状態が維持される。また一連の操作をガイドするために、次の操作に使うボタンを点滅表示で知らせるものもある。これらは、ユーザー思考に合った使いやすい操作環境を提供するのに有効な手段であろう。

 警告音も多くの製品で見受けられ、ガスオーブンレンジのグリルを点火してもガスの元栓が閉じていると「ピピッ、ピピッ」との警告で知らせてくれたり、冷蔵庫の扉が少し開いたままになっていると同じく警告音を発してくれる。受話器の置き方が完全でなく、少し浮いた状態でも「ブー」という警告音が聞こえる。

 これら操作に関わるの警告音は昔からもあり、パソコン操作中に実行画面以外をクリックすると「ポン」と警告するものは、アップルのパソコンでは15年くらい前からすでに採用していた。そのときすでに警告の音を何種類か選べるようになっていたのは、今から考えると驚きでもある。「オープスッ」などの声があったりと、当時はお遊びの印象を持ったが、ユーザーインターフェイスについての深い洞察力と製品化を行う同社製品には、教えてもらうことが多い。ファインダーでは「Windows」の登場で「Mac」と同じようになったかに見えるが、細かなところに両者のポリシーの違いがあり興味深い。

 最近の企業もユーザーの観点からのインターフェイスを研究しているので、良い企業の良いところを積極的に採用してもらいたい。


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