●●●松本湧水群のなかでも「信濃国第一の名水」「平成の名水百選」源智の井戸●●●
ことし(2021年)9月11日のNHKテレビ「ブラタモリ」は松本のあれこれを解説していた。松本は、女鳥羽川(めとばがわ)と薄川(すすきがわ)のふたつの川による複合扇状地で、300もの湧水があると紹介していた。松本城のお堀も湧水を利用しているため、とてもきれいで、「飛び込んでもいいくらいだ」と言っていた。また、街を流れる本来はどぶ川の水もきれいで、鯉(こい)ならぬ鱒(ます)が泳いでいることに驚いていた。
そう! 松本の大きな魅力のひとつはこの湧き水なのである。なかでも有名なのが、「平成の名水百選」に選ばれた源智の井戸。毎分約230リットルという大量の水が湧き出ており、現在でも多くの人々が訪れて飲料水として汲んでゆく。かく言う小生もそのひとり。松本駅近くの住まいから徒歩約20分。4リットルのボトルをザックに詰めて往復している。いい運動にもなっている。
湧水群の各井戸の水の味は、飲んでみるとそれぞれ微妙に異なっている。通の人にもっとも人気の高いのは女鳥羽の泉だろう。本当に甘いのである。隣には善哉(よいかな)酒造があって、この水を使って地酒をつくっている。ここのおかみさんから「ここの湧き水は2〜3ヶ月放っておいても腐らない」と聞いたことがある。推定だが、美ヶ原山系に降った雨や雪が地下水となり、何百年、何十年かけて松本の街中に湧いてくるのだろう。
源智の井戸一帯の湧水群は、かつて薄川の流域であったとの説がある。その昔、武田信玄が支配したとき、松本城の大外堀とすべく薄川と女鳥羽川の川筋を大きく曲げる土木工事を行った。その結果、元の川筋であった源智の井戸周辺から豊富な水が湧き出しているという訳だ。いまも数メートル掘れば水が湧き出るという。
源智の井戸は古く、松本城下町が形成される前から飲用水として使われていた。名前の由来は、天正年間に小笠原貞慶の家臣だった河辺縫殿助源智の名をとって、源智の井戸とよばれるようになったという。河辺氏がこのあたりの土地の所有者だったのだ。歴代の領主や城主は、不浄なき旨の制札を出すなど保護に努めた。天保14年(1843年)に刊行された「善光寺道名所図会」には信濃国第一の名水だと示されている。
また、酒の醸造にも使われたこともある。明治13年(1880年)の明治天皇の松本御巡幸の時にはこの井戸水が御膳水として使われた。
世界的な水不足が叫ばれ、日本も夏には旱魃による水枯れが各地で起きているなか、ここ松本では枯れることのない湧水がきょうもコンコンと出ている。味もよく、消毒薬も入っていない、本当に恵まれた土地である。