Iターンネットワーク

新・信州人倶楽部


▲▲▲ 新・信州人倶楽部報 ▲▲▲



第73号

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   ◆バーベキュー例会のお知らせ

 次回例会は、夏恒例のバーベキュー例会です。今年も屋根付きバーベキューハウスが予約できたので、雨のことを心配しないで開催できます。
美味しい食事と、皆さんとの懇談で楽しみたいと思います。どうぞふるってごのご参加、お待ちしています。
スケジュールは次の通りです。

日時:7月18日(月)AM10:00〜
場所:梓水苑バーベキュー会場
    (バーベキューハウス)
 Tel :0263−78−5550
    長野県松本市梓川倭4262-1
 ※駐車場は梓水苑駐車場ではなく、会場に近い「松香寮大駐車場」が近いです。
会費: 1,000円(※印をお読みください)
    お酒を飲む方はプラス500円
    小学生のお子さんまでは無料
※今回も参加型例会にしましたので、会費とは別に、大人1人あたり1,000円くらいの食べ物や、飲み物を持ってきてください。
 ご自分で準備したバーベキュー用食材、サラダ、おにぎり、デザートなど大歓迎です。あらかじめ準備できない方は、1,000円分加えた会費(2,000円)をお支払いください。
申込:中澤まで
 電話:0263−50−6315
 Fax:0263−50−6512
締切:7月10日 

 当日は、皆さん一緒にバーベキュー作業に参加してください。いつものように、男性諸氏にはかまど係をお願いします。
 またゲストの参加も歓迎ですので、誘いたい方がいましたらどうぞ声をかけてみてださい。
 ゲストの会費は、500円アップの2,500円となりますが、手ぶらでいらしてください。
 現在、当日のメニューをあれこれ考えています。いつも好評のスペアリブはもちろん、塩糀て味付けした新メニューも登場します。どうぞ楽しみにしていてください。

辻 正道(松本市)

郷土に“いいもの”発見!

〜むかわ(鵡川)にて〜


 ここは北海道勇払郡むかわ町です。今日は、『保存版苫小牧・東胆振今昔写真帖』の企画説明会が苫小牧市内であり、泊まりはやはり市内のビジネスホテルはやめ、よりローカルな、苫小牧からJR日高本線で30分余りのこの鵡川にふらっとやってきました。
 無人の鵡川駅を降りても、外はただ北海道らしい広々した原野に碁盤の目のようにできた、味気ない町があるばかりです。
宿はガソリンスタンドのお兄さんに紹介してもらい、道の駅に併設された、町で唯一のホテル「四季の風」に泊まることにしました。天然温泉なのでまずまずです。

 さっそく町に出ると特産のシシャモ屋さんがあちこちに目に付きます。ここ鵡川は知る人ぞ知る、シシャモの本場、鵡川シシャモは超ブランド品なのです。
 本シシャモは世界で唯一、北海道太平洋沿岸のみに生息する日本固有の貴重な魚で、さけと同じように毎年秋10月〜11月に産卵のために川に遡上します。
 その直前のシシャモを捕獲、店頭にすだれ干しにした風景は鵡川の初冬の風物詩となっています。内地のスーパーで売られているシシャモは、ほとんどがカラフトシシャモで、脂肪っ気もなく特有の柔らかな口当たりと香りも有りません。本物のシシャモは味も香りも全く違います。

 あるシシャモ屋さんをのぞいてみました。すると、2010年ノーベル化学賞受賞の北大名誉教授、鈴木章先生の写真、新聞号外などが店内いっぱいに飾られています。店の主人に聞いてみると、なんとここが鈴木先生の生家、実家であり、目の前のご主人は先生の弟さんだといいます。

 へえ〜あのクロスカップリングで道内初のノーベル賞受賞の鈴木先生は、鵡川のシシャモ屋さんだったのだ。なるほど写真の先生をよく見ると店のご主人そっくりです。
 先生の研究もすごいが、こちらの弟さんもなかなかすごい。名刺には日本一話我侭(わがまま)な店、がんこ親父、鈴木譲と書いてあります。スズキ商店こだわりの極上シシャモを毎年30年以上、明治神宮に献上、神宮から感謝状が贈られ、お店の宝として飾られています。
  これはご縁だ、私もこれをぜひ、親戚と家に送ろうと、値段を聞いてびっくり、メス(卵入り)10匹、オス10匹で送料を入れると4,000円を越えます。1尾200円以上の勘定となる。

 ご主人いわく。「鵡川産の極上ものだからねえ、ほかではまず食べれないよ」、この言葉につられ、思いきって買うことにしました。お金の持ち合わせがないので、明日またくるということにして店を辞しました。

 腹ごしらえにふらっと居酒屋に入りました。私好みの名もない、小さな渋い店です。カウンターに、道の畜産指導の職員と若いおねえさんの、不思議な2人連れがおり、いろいろ話していると、このお店、ここが今、話題、人気のソフトバンクのCMに出てくる、白い北海道犬、カイくんの生家だといいます。
 TVはあまり見ないし、ケイタイはドコモなのでカイくんのことはあまり知りませんが、かなり有名らしい。へえ〜! どおりで白い犬のグッズがいろいろ並んでいます。今日は偶然が重なります〜。

 翌朝、ホテルの売店のおみやげコーナーを見てみると、カイくんグッズと並んで特産の地物シシャモがあります。えっ! メス・オス各10匹入りで1,480円?安い! れっきとした鵡川産だ。すぐ昨日のスズキさんに電話します。「やっぱやめとくよ〜。ホテルの売店のシシャモは半分以下なんだよ〜。悪いけど予算が厳しいんで」

 でホテルのシシャモも買わず、その製造元を教えてもらい、その商店へ直行する。さすが品揃えもいいし、店のおねえさんのサービスもいい。結局ここから家と親戚に送り、持ち帰りに少々キズありの特価品を買う、30匹でわずか1,200円。品質は同じだというので今夜の分はこれで充分。

 午後FDAで空をひとっ飛び、4時に松本に着き、夕方には、行きつけの居酒屋で友人とマスターで、その産地直送、いわくつきの極上シシャモに舌鼓をうちました。もちろんみなさん絶賛!です。

長野 鉄雄(船橋市)

東日本大震災を体験して


 それは、突然やってきた。3月11日金曜日の午後。
 今日一日終われば、明日は仕事がお休み。そんな雰囲気の中で襲いかかってきた。
 最初は緩い揺れ、それが段々に強くなり、なかなか収まらない。これは、でかいぞ。ついに来るときが来たか。そんな思いが脳裏をよぎった。

 私は自らの派遣という立場も忘れ、大声で「みんな机の下に隠れて!」と怒鳴っていた。
 ようやく揺れが収まり、近所の日比谷公園にひとまず移動することになった。
 日比谷公園は避難した人で混雑していた。正社員の若い女性が不安気に、「大丈夫ですかね」と聞いてきたので、私は居場所の周辺ビルがすべてこちらの方向に倒れてきたとしても到底届かない場所にいたので「大丈夫だ」と答えていた。
 こんな時といってもそうはないが、少しでも不安な気持ちをとり除き、冷静に行動することが大切と考えている。

 届くか否かもわからないが、携帯電話のメールで、会社に残った課の役職の人に全員無事であることを伝えた。
東海道新幹線もガードの上で停止しているのが見える。
 やがて職場に戻り、中澤さんや、北海道の知り合いや、家族に無事を確認する電話を入れた。幸い皆さんご無事だった。
また、前日に機動隊の入隊式を終えたばかりの神奈川県警察の若き巡査部長も、小隊長として応援で宮城へ向かうなどの情報も得た。

 歩いて帰宅できる人は帰宅となり、そうでない人は当然、会社に居残りすることとなった。JRは終日ストップとなり、私は通常の通勤ルートでは帰れない。私も羽田空港経由のバスで無理すれば帰れないこともなかったかもしれないが、道が渋滞したりで大変なのではないか。それならば無理せず職場に残ろうと決めた。
 私は重度の不眠症で、医師から処方されている薬を服用しないと眠れない。当然、今日は薬を持ってきていないので、眠れぬ夜を過ごす覚悟をする。

 JR東日本のお客様相談室に電話して、復旧の目途を訪ねようとするが、なかなかつながらない。数回かけてやっとつながったが、当然復旧の目途は立っていないとのこと。
ただ平謝りされるだけだ。私は、日頃、(JRの)皆さんのおかげで鉄道に乗せていただいている感謝の意を伝え、電話を切った。

 ありがたいことに机の上には、いつのまにか大量の水や、食糧が用意されていた。
 職場の下の皇居前の道路は、大渋滞しており、クラクションの音がよく聞こえる。
 職場の半分に電気がつけられ、寝ない人は、そちらに。眠る人は、もう半分の電気が消灯されている方で眠ることとなる。私は不眠症でありながら、消灯された方にいた。

 夜も深まり隣の席では、帰宅できなくなった女性が携帯電話で大津波の映像を見ている。
 これから先の話は作り話か夢物語と思って読んでいただきたい。
 なぜか、突然震災でこの世を去ることとなり、この世の人に感謝の気持ちを伝えることのできない、無念の思いというものを感じ取った気がした。私は不眠症とはいいながらも、うとうとしていて、夢うつつだったのかもしれない。それから私は、ことあるごとに人に「ありがとう」というようになった。

 また、自分が普段平穏無事で暮らせることの感謝を忘れて、当たり前になっていないか。人間というものは、生きているのではなく、生かされているのではないか、ということなど、このような機会でないと到底考えられえないこと、気づけないことに思いを巡らせていた。

 結局翌朝まで一睡もすることなく、8時ごろに間引き運転ながら東海道線が動くということで東京駅に向かうが、ホームが混雑していて乗れそうもないので、平常ダイヤで運転している東海道新幹線で新横浜経由で帰ることにした。
 このような大災害は二度と勘弁願いたいと思うが、そうもいかないだろう。今回の大震災で、自然の猛威や人間の弱さ、そして人間の強さ、暖かさというものを痛感した。

 それからというもの、私は自分にいつ災難が起きてもいいように、「明日があるさ、頑張ろう」みたいな考えをやめようと思ったが、この考え癖はあいかわらず抜けないでいる。
 また、それまで聞こえなかったものが聞こえるようになったり、感覚が日常生活に支障ない範囲で異常が出ているが、これはじき収まると考えている。

Toshi(池田町)

蕎麦の話

 倶楽部の会報に、津嘉田さんという方がそば打ちの話を書いておられる。蕎麦を栽培し、挽いて、自分で打ってと、本格的に研究をしているようで、蕎麦については私より数段詳しそうな方だが、ぜひ一度お会いして、蕎麦のあれこれについて話を伺いたいと思っている。

  さて私の方だが、信州に越してきてすぐに地元の蕎麦の会に入れてもらった。友人の奥さんから奈川に伝わる“丸打ち一本棒”という信州流のそば打ちを教えてもらい、その信州流を国営アルプスあずみの公園で、来園者の皆さんに教えて、恩返し方々喜んで働いている次第です。

 もともと私は、蕎麦やうどんを食べるのが大好きな食いしん坊だった。昭和40年代中頃、関西でうどん文化にふれて食べ歩き、50年代後半には関東の蕎麦文化の中で、今度は蕎麦を食べ歩いた。

 当時の東京近辺の有名な蕎麦屋は軒並み食べて自分の舌で美味い、不味いを確認した。そのうちに他人の打った蕎麦に満足できず、自分で打ってみたくなり、上野薮そばの鵜飼さんの教室に通い、江戸流のそば打ちを会得して自分や家族で蕎麦を楽しんでいました。

 そんな私が、今はそば打ち発祥の地信州で暮らし、蕎麦好きな方々にそば打ちを教えている、という訳です。皆さんもそばを打ちませんか?!

中澤 滋(松本市)

春の味覚、山菜のこと

 信州では多くの人が山菜採りに親しんでいるようですが、私はやりません。
 10年以上前ですが、女房の兄さんが釣りをするので、島々宿の徳本峠登山道入口から島々川沿いに上流を案内したことがありました。
 釣りをしない私と女房は付近の散策・鳥見をしたことがあります。そのとき、コゴミらしきシダ類を発見。結構いっぱいあるので、喜んで摘み取って持って帰ったことがあります。

 夕食のとき、その山菜を灰汁抜きして茹でて、お浸しにしてみましたが、一口噛んでみると「シュワイ!」というような「もさもさ感」ばかりで、味もなくとても食べられるものではありませんでした。考えてみれば、道脇にコゴミがあれば、とっくに皆さんに採っているはず、ということに思い至りました。

 それ以来「山菜採り」ということには関心が無くなりましたが、季節になると知り合いの方々からいろいろお裾分けを頂いています。また松川村のJA直売所「アルプス一番」では、小谷方面からの山菜などが良く出回るので、それらを購入して楽しんでいます。
 保存食として大量に加工するわけでもないので、私たちにはそのくらいで十分なのです。

 さて5月15日、「アルプス一番」でイラクサというものに遭遇、しその葉に似た葉が付いているもので、茎に刺がたくさんあり、「気を付けないと刺さるよ」といわれながらも刺さってしまった山菜です。
 正しくは「ミヤマイラクサ」との説明がありましたが、初めてお目にかかりました。
 コゴミ、コシアブラはすでに買物カゴの中にありますが、このイラクサをどうしようかと悩んでいました。すると直売所の所長さんが「これは山菜の王様だよ」と勧めるので、「それなら食べてみなければいけない」、ということで買い求めてしまいました。

 さて夕食の準備、まずはイラクサをどうするかですが、茹でることにしました。
 そしてコシアブラとブリの切り身でそば粉のフリッター、イラクサとコゴミは別々に茹でました。
 イラクサはどのくらい灰汁抜きをしたらいいのか、よく分からないので重曹を入れて茹でたところ、結構灰汁が出ました。

  そしていよいよ味を利きます、まずはイラクサ。さすが山菜の王様です。香りはしっかり芳醇、味はまろやかで幾らでも食べられます。こんな味があったのですね。知りませんでした。
 コシアブラのフリッター、強い香りですが、渋みを感じることなく美味しさに変わっています。これも美味しい!
コゴミの和え物も良く、この日は山菜のおいしさを十分味わいました。

 次の日イラクサを茹でましたが、重曹は使わずにやったところ、あく味はほとんど感じませんでした。うーん、見た目以上に繊細なんだな、と思ったものです。
 そうそうイラクサの刺ですが、茎の中程から下は全く刺が無くて、取り扱いに困ることはありませんでした。
 そして次の日、衛星放送で映画「アリス・イン・ワンダーランド」を観ていたら、イラクサの中を走るシーンがあり、海外でもイラクサのあることを発見しました。

 そして編集会議の日、山菜に詳しいToshiさんの話を聞いているうち、私がイラクサのことを話すと、チョコさんが「外国の童話には良く出てくるわね」といい、「イラクサは日本にもあるのね」といっていました。
 
  イラクサについてもう少し知りたいと思い、ウィキペディアで調べてみたら、次のことが載っていました。
 「イラクサ」はUrtica thunbergianaの標準和名である。ヨーロッパや北米の近縁種セイヨウイラクサ(Urtica dioica)(英名Stinging nettle)も「イラクサ」と訳されることが多いが、日本に野生するイラクサとは別種である。
 また、若芽が山菜として利用されるミヤマイラクサも、時として「イラクサ」と称されることがあるが、ミヤマイラクサはムカゴイラクサ属(Laportea)であり、イラクサとは別属である。

 日本でもイラクサの方言は多く、アイコ(アエコ)、イラナ(イラ)、アエダケ(アイダケ・エダケ)など、地域によって呼び名が変わる。イタイタグサともイラグサとも呼ばれる。 
 う〜ん、なるほど。まだまだ知らないことがいろいろありますね。

 

だるちゃん(大町市)

会報を読んでみて 

〜「よりましょ」72号〜

 先ずは忘年会につきまして。Kさん御夫婦が、川口市からいらっしゃったことを知りまして、本当に感激しました。遠い長野さんもそうでしたが、あの大雪の降る中を、近い私でもちょっと躊躇するものです。
 よくみんな事故もなく来たと思います。始まると立派な方々の知らない世界の話題が豊富で盛り上がり、楽しかったです。

 後で事務局手配の「KoffeePhoto」からメールが届き、案内をクリックしたら忘年会の写真を見ることができ、しかも注文できたのには、あっと驚きました。初めてでした。便利な世の中になりました。しかも着払いなのに超安いのです。最後まで楽しませてくれました。有難うございました。

 辻正道さんが新野を訪れた頃はまだ東北の大震災もなく、福島の原発事故もなく、日本も今思えばずっと幸せな時だったのですね。本当に震災にあわれた方はお気の毒でございました。
 伊那、飯田あたりは東京−名古屋間を40分で行ける、リニア中央新幹線が通る予定と新聞で読みました。そんなスピードと便利さを追求する事の多い世の中で、辻さんは敢えて山村へ行かれ、そこ特有の歴史を紹介してくださいます。
 ご自分でも楽しみながら、というのが良いです。今でもこうしたお祭りを大切に保護し、夜中から雪祭りなどと珍しいと思います。
 1500人位の住民ですと一番何でもまとまるし、自分がやらねば誰もやらないから誰でもそれなりに芸をもっていて、皆が主役だと思います。

 美麻は段々高齢化し、複雑な事、手間のかかることは省略化しています。新野の重要無形文化財に指定されているその地に、若い人達が多く住んで昔のよさを受け継ぐ人がいると良いと思います。

 ゆうじんさんの生き方を一番最もよく知っている友人、奥様が賛成する仕事だったら大丈夫だと思います。
 たぶん私には、ゆうじんさんの本当の大変さとか、事情は理解していないと思います。車には詳しい、誠実な外交面、守るべき家族のいることなど、良さが引き出されるようにと思います。
 ゆうじんさんが「梅干と日本刀」という本を読んだというのは嬉しいですね。私はあの樋口清之教授の大ファンです。
「逆・日本史」にしても、実に異なる観点から好きなように話題を飛ばして面白いです。外国と日本との比較など、なるほどと思うことばかりです。「梅干と日本刀」は、つまり「発酵食品と工芸品」だなんて、日本の文化を称えた題名らしいです。
今回東北で昔からものを作ることに長けたおじさん、おばさんたちが大震災の後、生活に工夫をこらし、活躍している人を映像で見ると本当に胸が熱くなります。この日本中が助けたいと願っている間に早く復活することを心から祈ります。

 長野さん青森へ行っておいて良かったですね。
 長野さんは立派な鉄道ジャーナリストです。いろいろテレビで鉄道マニアの紹介をみますが、その知識の本物さと歴史観は誰にも負けません。
 私はバスに酔うので車の旅行は苦手ですがブルートレインは好きでした。長谷川さんの細かい描写は貴重なものです。なにせ、本の説明より詳しいです。

 今年できた新しい東北新幹線は地震の後で一ヶ月ばかりの工事で又動いています。津波にあわなくて良かったと思います。
明治5年(1872年)日本に初めて鉄道が敷かれたそうです。昭和50年(1975年)頃 、未来の鉄道として時速500kmのリニアモーターカーが出ていました。当時はよくわからなかったですが、今やJR東海がリニア中央新幹線の実現に向かっています。

 スピードの追求も必要でしょうが、旅の景色や駅弁を楽しむ列車をテレビでみると余裕を感じます。
 津嘉田泰三さん、お子様が無事ご出産されましたこと、本当におめでとうございました。家庭的なご家族の中で、きっと健やかにお育ちになられると思います。
 お母さんは一家の陰の大黒柱です。どうぞ健康に気をつけて、無理をしないようにしてください。ありのままが一番です。

編集後記


 新しくToshさんが参加してくださった、初めての編集会議でした。いろいろなお話を伺いながらの、楽しい時間となりました。 山から下りていくと、松本は暑かったです。とろい私も回を重ねて大分道も覚えてきて、少しずつですが、余裕も出てきました。(倉)


  信州に暮らしてから4年と3か月が過ぎた。
 定年後の暮らしをのんびり、ゆったりと安曇野で、と思っていたのに、毎日がなんと忙しいことか。古屋の座敷で寝ころんで昼寝なんぞ、一日だってあればこそ…。
 昨日は自治会、今日は蕎麦の会。明日、明後日はデイサービスに勤務、そしてその次の日は国営公園のそば打ち指導と、少々過労気味のスケジュール!あ〜あ!!
 そんな私ですが、今までお世話になりっぱなしの倶楽部の中澤さんから、今度は編集委員をやれ!!とのご指示があり、何か少しでもお返しができるならと「ハイ!」と言ってしまいました。「信州に来たい方が一人でもいらっしゃれば、何か力になりたい」そんな思いもあります。みなさん、よろしくおねがいしまーす。(Toshi)


 春が終わり木々の緑が増えて、わが家の庭が冬の殺風景な景色から、緑の森風に変わっています。
 そして大きくなった2本のヤマボウシの花が、今満開です。昨年花が少なかったのですが、今年はいずれの樹も多くて、圧倒されるようです。
 冬の雨量は少なかったのですが、春先の大雨が良かったのか、葉っぱも大きく元気です。アブラムシなどの害虫もほとんどいないのは、樹が健康のせいかもしれません。
 そして我が家のシンボルとなっているドイツトウヒ2本も元気で、一つには松ぼっくりができ始めています。最初に実を付けてから10年ぶりでしょうか。来年になれば風の強いときに下に落ちてくるので、リースなど飾り物に利用できます。
 前回は数十個収穫できましたが、今回はどうなるのでしょう。楽しみです。電線をはるかに超えているドイツトウヒ、2年前に中部電力に相談して、昨年電線に保護ケースを付けてもらっています。枝打ちをしたり、木を伐採する必要があるときは、電力会社でやってくれますが、当分このままの自然な景観で満足です。
 それから、Toshさんには感謝しています。でも私が先輩に向かって、「編集委員をやれ!!」なんて…、これはToshさん流の脚色です(笑)。
 Toshiさん、これからよろしくお願いします。(中)

 

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会報目次

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