その日いつも出勤ぎりぎりまで寝ている私は、早朝より車を走らせ都内まで出かけた。休日なので空いていると予想はしたが、途中から駅に近いスーパーの駐車場に車を止め電車にて移動した。
始発駅なので座っていけることも理由であったが、車窓からの景色を楽しみたかったのでこの手段を選んだ。しかし、停車する度に人が乗り込み景色を見るより人を見ることとなってしまった。
その日、天気予報で「気温が高くなるので衣服の調節をしてください。」とアナウンサーが言ってたこともあり、薄着若しくは上着を手にしている人が多かった。中にはダウンジャケットの下にTシャツの人もいた。都心へと向かうこともあり、早々に春のファッションの人々を見かけた。
「住みたい街」上位にランクするその路線から見えるオシャレで個性的な建物を見たかったのだが諦めた。本や携帯を見て目的地まで時間をつぶすことも無く私は仮眠しようと思い目を閉じて下を向いていた。家族連れが多かったせいか子供の声や若い女性達のおしゃべりはあまり苦にならなかった。2〜3駅停車したのち、車内に懐かしい匂いがしてきた。強い匂いでは無く、車内の換気により漂ってきた匂いであった。
私は昨年夏に思い切って「断捨離」した。もう絶対に着ないと思った服をタンスから出して処分したのである。タンスには新聞紙が敷いており時代の
流れを感じていたことに加えて、隅々にあった小さなビニール製の空の袋を拾い集め思い出に耽っていた。車内で懐かしく思い出した匂いはまさしくこの匂いである。当時、衣替えに母がタンスに衣類をしまう際、色とりどりの袋も一緒にいれていた姿を思い出した。さらに食い気の多い私に「食べ物でないんだから」と忠告されたことも思い出した。ピンクやブルーのビニール製の小さな包み紙は当時の「ラムネ菓子」に似ていて誤って口にする子供に注意
を促す内容の放送が行われていた。衣替えをする度にこの匂いを消す為しばらくハンガーに掛け、匂いを消してから着用していたことも思い出した。
車内の人々の中にこの日の天気予報を聞いて慌ててタンスから衣類を出してきたのであろう。今では無臭性の薬品が改良されてタンスや押入れの中にはあの独特な匂いは忘れ去られてしまっている。さらに洋服以外で使用される物も開発・販売されている。偶然にも出かけたこの日は「ひな祭り」。節分を過ぎた頃、私は押入れから古い箱を出して雛人形を飾り部屋が賑やかになっている。以前はこの古い人形の箱にも小さな袋を隅々に入れて保管していたが、新商品に切り替えてからは全くの無臭である。
子供の頃近所で7段飾りのお雛様を自慢にしていた友人が、ある年「お人形をネズミに齧られた」と悲しい顔で話していた経験から、我が家では人形をしまう際にあの小さな袋も一緒に入れて次の年まで押入れにしまっていた。1年後箱のふたを開け中身の無いビニールの袋を何気なくゴミ箱に捨て、お祭りが過ぎ箱にしまう際には再びあの新しいビニールの小さな色とりどりの袋を入れる習慣は、袋の中身が新商品となった現在でも続いている。急いでしまう心配は必要ないので、旧暦まで部屋の中で飾り毎年の年中行事のようにそして母から言われたことを何気なく口にしながら今年もしまう予定である。