前回で別所温泉に隣接する北向観音・常楽寺に初詣したことをお伝えした。別所温泉には、70円で使える共同浴場があって、ここに移住した30歳台の青年に会ったとき、温泉の安さが決め手になったと語っていた。ここは共同浴場(外湯)を中心に栄え、いまも3つの共同浴場「大湯」「大師湯」「石湯」がある。伝説では、日本武尊の東征の折りに発見されたとされ、「日本最古の温泉」「信州最古の温泉」に挙げられている。
別所温泉の北向観音は有名だが、この地に国宝の別のお寺があることはあまり知られていない。崇福山安楽寺(あんらくじ)の八角三重塔である。北向観音初詣の帰りにこちらに参拝させてもらった。
別所温泉のある塩田平は「信州の鎌倉」とよくいわれる。塩田荘を領した北条氏が鎌倉時代に安楽寺を庇護して栄えたことに由来するらしい。室町時代以降は衰退し、古い建物は八角三重塔を残すのみとなった。1580年(天正8年)ころ、曹洞宗通幻派の高山順京によって再興され、以後曹洞宗寺院となっている。
安楽寺の八角三重塔は境内奥の小高い山腹に建っていた。1952年(昭和27年)3月29日に松本城とともに、長野県内の建造物として最初の国宝指定を受けている。日本に現存する近世以前の八角塔としては唯一のものという。八角塔は京都法勝寺、奈良西大寺などにあったが、戦乱などで失われたとか。塔の前に立つと、確かに、造形美が素晴らしく、うっすら積もった雪のなかで慄然と映えてたいへんな存在感を放っていた。感動に一瞬、厳寒の寒さを忘れてしまうほど。
全高(頂上から礎石上端まで)18.75メートル。正八角の三重塔。四重塔にも見えるが一番下の屋根は庇に相当する裳階(もこし)とか。この塔は現存する唯一の八角塔であるとともに、全体が禅宗様で造られた仏塔としても稀有の存在らしい。塔の建立年代ははっきりしないが、従来、漠然と鎌倉時代末〜室町時代始めと考えられていた。しかし、2004年(平成16年)に奈良文化財研究所埋蔵文化財センターによる年輪年代調査の結果、この塔の部材には1289年(正應2年)に伐採した木材が使われていることが判明。このことから鎌倉時代13世紀末に建築されたものと考えられる。1320年(元応2年)建築の功山寺仏殿を凌ぐ日本最古の禅宗様建築である可能性が高くなったという。
ちなみに拝観料は400円。別所温泉など塩田平を訪れた際には、立ち寄って観る価値は十分にあるだろう。